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フランスは、欧州の中では比較的恵まれた気候条件で、農業生産力が大きかっただけでなく、いち早く大領域の民族国家が成立していた。だから、フランスはルイ王朝時代からナポレオン時代まで、東隣の今のドイツ領域に何度も一方的に侵入している。
ところが1870年代の普仏戦争以降、今度は逆に、ドイツに一方的に攻め込まれるようになった。なぜ、仏独の国勢は攻守逆転したのだろうか? 実は、両国の人口が19世紀半ばに逆転しているのである。
ジャガイモで強くなったドイツに負けた
これは、新大陸から導入されたジャガイモに負うところが大きい。ジャガイモは、ドイツ北東部のような低温地帯でも大量に収穫できた。さらに、それまで小さな多数の領邦国家に分断されていた独語圏が、ビスマルクの主導のもとに大領域の民族国家として統一されたこともある。文化・技術水準が同様であれば、人口が多い勢力が他を圧倒するのは当然である。
この時代から、フランスでは「独軍兵士2人に仏軍兵士1人の割合の人口構成では、勝てるはずがない。人口維持水準を下回ってしまった出生率を、何とか回復しなければいけない」という政策議論が大いに高まった。今の日本における少子化対策の議論を、フランスは1世紀以上も前から始めているのだ。
合計特殊出生率が人口維持水準に近い2.0を回復したフランスについて、日本では出生率回復のモデルケースのように言われている。しかし、見方を変えれば、フランスは1世紀以上にわたり、出生率回復に失敗し続けていたのである。現在でも欧州最大の人口国はドイツである(ロシアは除く)。だからこそ、フランスでは、人口学が早くから興隆し、今でも米と並ぶ人口学の頂点としての地位を保っているのである。
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